大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和53年(ワ)793号 判決 1980年8月25日

原告 丸三証券株式会社

右代表者代表取締役 長尾貫一

右訴訟代理人弁護士 磯村義利

右同 松本博

被告 株式会社 関文

右代表者代表取締役 関根和子

<被告ほか七名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 渡辺太郎

右訴訟復代理人弁護士 渡辺次郎

右同 水口昭和

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告)

原告に対し、被告株式会社関文(以下被告関文という)は一一六万〇七〇〇円、被告株式会社紀川質店(以下被告紀川という)は二〇九万円、被告株式会社中質店(以下被告中という)は二九三万七〇〇〇円、被告合資会社カドノ(以下被告カドノという)は二八五万四〇〇〇円、被告有限会社トツカ(以下被告トツカという)は一八五万四五〇〇円、被告有限会社奥田商店(以下被告奥田という)は四四万一〇〇〇円、被告東京関根産業株式会社(以下被告東京関根という)は一九八万九二〇〇円、被告有限会社大河内質店(以下被告大河内という)は四二五万円といずれも各右金員に対する昭和五二年五月一四日以降その支払いがすむまで年五分の割合による金員の支払いをせよ、訴訟費用は被告らの負担とする、との判決と仮執行の宣言を求める。

(被告ら)

主文と同旨の判決を求める。

第二主張

(請求の原因)

一  原告は証券業を営む会社であり、被告らはいずれも質屋業を営む会社である。

《以下事実省略》

理由

一  請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

《証拠省略》によると、訴外甲野は、もと原告の本店管理部受渡課に在職中、取引済の一〇〇〇株未満の株券(以下端株という)の受渡業務を担当していたが、株券を受入れて所定の他の証券会社等に引渡すまでに相当の期間があったところから、保管中の株券を入質して金借していたとの事実が認められる。

このようにして、別紙一覧表(一)記載のとおり被告らに株券を入質して金員を借り受けたこと、昭和五二年五月一三日現在において、訴外甲野が被告らに対し入質していた株券の内訳、借入金額、これに対する利息額が別紙一覧表(二)記載のとおりであり、原告が同日被告らに対し、同表記載の元利金全額を支払って、同表記載の株券の引渡しを受けたことの各事実は当事者間に争いがない。

二  原告は、右株券の引渡しを受けるに当り、原告において、被告らに対し無償でその引渡しを請求したのに対しこれを拒否したとして被告らの不法行為を主張する。

しかし、全証拠を検討しても、原告において被告らに対し、本件株券を無償で引渡すよう請求した事実を認めることはできない。

却って、《証拠省略》によると、原告は訴外甲野の不正行為が発覚した後直ちに電話により被告らに対し、本件株券が訴外甲野により不正に持出されて入質されたことを説明して本件株券を早急に取り戻したいこと、そのためにはどのようにしたらよいかを問い合せたところ、被告らからいずれも質札と元利金を持参すれば返還に応じることの返答があり、被告らのうち二名からはその他に訴外甲野の委任状を要求されたので、その翌日である昭和五二年五月一三日原告の社員が手分けして、それぞれ訴外甲野の委任状、訴外甲野が入質の際被告らから交付された質札及び元利金を所持して被告らを訪れ、元利金、質札と引換えに本件株券の交付を受けたが、その間原告から被告らに対し本件株券につき、無償で返還するよう申し入れたことはないものと認められる。従って原告の右主張事実はこれを認めることができない。

しかし、原告としては、右認定のとおり、本件株券が訴外甲野によって不正に持ち出されて入質されたことを被告らに説明してその回収の方法について被告らに問合せているのであるから、特に明示的に無償の返還を要求しなかったからといってこれを望んでいることは明らかであり、被告らにおいて、訴外甲野が原告の株券を不正に持ち出して入質した事実を知っていたか或は被告らに重大な過失があることを認識していた等の事情があって原告に対して無償で返還すべきことを認識していたか、或は無償で返還すべきことを知り得たのに、元利金と引換えでのみ返還に応ずる旨回答し、これを受領したとすれば原告に対する不法行為が成立するものといわなければならない。そこでこの点について検討する。

全証拠を検討しても被告らのいずれについても、また訴外甲野との取引のどの段階においても、被告らが、訴外甲野が本件株券を不正に持出している事を知ってこれを担保にとって金員を貸付けたものと認めるに足りる証拠はない。

そこで過失の点について検討するに、《証拠省略》を総合すると次のとおり認められる。

被告らはいずれも訴外甲野と取引をはじめるに当り、その身分証明書の提示を求めて身元を確認したうえその挙措動作、応答等から不審な点はないものと判断し、訴外甲野は原告の発行した原告の職員であることを証した身分証明書を提示してこれに応じ、証券会社の職員であることを明らかにした。訴外甲野が被告らに持込んだ株券は、その殆んどが端株であり、かつ他人名義のものであったが、訴外甲野は、自ら或は被告らの質問に答えて、自分は証券会社職員としての知識、情報に基いて小遣銭稼ぎに株式の売買をしている、その資金として金借したい、短期で売買するので名義の変更はしないから他人名義の株券となっているなどと説明した。被告らは訴外甲野から担保にとった株券については、それぞれ平素から取引のある証券会社或は信託銀行(被告大河内のみは取引していた証券会社がなかったため知人の質店である訴外田中靖雄を介して訴外小柳証券松戸支店によった)に事故届のある株券か否かの照会をし、いずれもその事実のない旨の回答を得ていた。訴外甲野は約定の日までに利息を支払い、或は他の株券を持参して受け出すなど約定に反したことはなく、長期間多数回にわたり累計額においては多額に達するが一回の借入れ額は多い場合でも数一〇万円程度で特に他の取引額に比して多額というのではなかったと認められ、これらの事実からすると、被告らが訴外甲野の言を信じ、訴外甲野が証券会社職員としての知識を活用して証券取引をし、その資金調達のために自己の株券を入質しているものと信じたからといって被告らに過失、少くとも重大な過失があったものということはできないし、原告からその回収を求められた際、正当な担保権者であると判断して元利金と引換えにこれに応ずる旨回答した点についても何ら非難すべき点はなかったものというべきである。

もっとも、《証拠省略》によると、証券取引において端株は、増資等において取得したものを処分するのが常態で、端株を投機の目的で売買することは通常行われないこと、証券会社の従業員は株式の投機的売買を禁止されていることが認められる。しかし、証券取引について特に専門的知識を有すると認められない(その事実を認めるに足りる証拠はない)被告らにおいてこれらの事実を知らないからといって特に不自然なことではなく、訴外甲野の前記説明に疑念を持たなかったからといって重大な過失があったものということはできない。

以上のとおりであるから不法行為に基づく被告らに対する請求は理由がない。

三  そこで不当利得返還請求について判断する。

原告が被告らに対し元利金を支払って本件株券の引渡しを受けた経緯は既に不法行為の主張について認定したとおりであり、右事実からすると、原告は訴外甲野の依頼により、訴外甲野の被告らに対する債務について弁済をしたもので被告らは右金員を取得するについて法律上の原因を欠くとはいえないし、また前判示のとおり本件株券上に担保権を取得するについて重大な過失はなく、適法に担保権を有していたものと認められるから、被担保債務の弁済としてこれを受領するにつき法律上の原因に欠けるところはないものというべきである。

よって、不当利得返還の請求もまた理由がない。

四  以上原告の被告らに対する請求はいずれの点においても失当というのほかないからこれを棄却し、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川上正俊)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例